塩と氣②

こんにちは。
カラダ支援アシスト整体院の冨田です。

今回も前回に引き続き「塩と氣」というテーマなので、氣というものについても少し説明しておきます。

私たちの体はエネルギーによって動くことができています。

エネルギーとは

・血液をによって運ばれる酸素や栄養素
・神経を伝わる電気
・氣、意識

になります。この3つのどれか1つでも欠ければ、僕たちの體(カラダ)は活動はできなくなります。

血液は酸素や栄養素を運搬して細胞に届けています。
血液が巡らないと、カラダの各細胞に酸素も栄養素も十分に届かなくなるので、活動できなくなってしまうのはお分かり頂けるかと思います。

次に神経を伝わる電気についてですが、人の体は脳の中で意識的にも無意識的にも生命活動のためのプログラムが常に作られていて、そのプログラムの実行は神経によって伝達されます。その伝達は電気による信号なのです。

長時間正座をして足がしびれた状態を思い出してみてください。しびれたままではしっかりと歩けないですよね。あれは神経に電気信号がうまく届かないために足の筋肉がうまく機能しなくなっているのです。

 

そして3つ目が氣・意識です。小学校の時に校長先生の話が長くて氣を失う子がいましたが、その子の体の中では血液による酸素や栄養素は通っていますし、自律神経によって心臓や内臓は活動できています。しかし、氣・意識が失われることによって、倒れてしまうのです。つまり氣・意識というものが日常生活を送る上では不可欠なのです。

その氣は目には見えないのですが、大気中にも存在していますし、人の体の中でも存在し、全身を巡って常に循環しています。この氣の通り道を「経絡」と呼びます。

この経絡には胃経とか肝経とか腎経、肺経といったように、各内臓の到達する道がそれぞれにあって、例えば胃経で氣の巡りが悪くなると胃の機能低下によって様々なトラブルが起こるのです。これは他の内臓でも同じで、経絡のどこかで氣の巡りが滞ってくると、病氣になりますし、氣が元通り巡るようになると元の氣つまり元氣になるのです。

目に見えないから存在しない訳でも怪しいものでもありません。証明の仕方が見つかっていないだけで、氣の存在は確実にあって、私たちが生きていく上で不可欠なものなのです。

 

「塩と氣」の説明はお相撲がわかりやすいのですが、相撲の取り組みの前に力士は土俵に向かって何度も塩を撒きます。相撲は天下泰平・子孫繁栄・五穀豊穣・大漁祈願などを願ってとり行われている神聖な儀式なので、土俵に上がる前には穢れを祓うために塩を撒いているのですが、穢れとは本来「氣枯れ」と書いてました。空氣が重い、氣持ちが悪い、不氣味といったように場に対して氣が枯れてしまう状態を表す言葉もたくさんあります。

塩を撒くというのはお清めの意味も含め、場の氣が枯れないように清浄化させると共に、自分自身の氣も清浄化させているのです。

清浄は正常に繋がります。高い清浄力が場も人も正常に戻してくれるのです。

次回は塩が奪われた背景についてお伝えします。

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